雪端為成の書斎

足りないのは小手先の描写力ではない、現実をも超える想像力。
Sound Horizon『天使の彫像』より
I write my first draft with my heart. THEN, I rewrite with my head.
映画『小説家を見つけたら』より

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学園モノの利点に関する考察

日曜日の朝、ルパッチマジックタッチゴー シャバドゥビタッチヘンシーン を見つつ、思い出してブログ更新と~

朝からふと思いついた、なぜ学園モノが作品世界として多用されるか
その一つの側面を考えて見ます。

結論は、学校というのは閉じた世界だから、ということです。
閉じた、というとイメージが悪いかも知れませんが、
完結した世界、と言い換えても良いでしょう~

続きは追記にて
学園モノというのは、通常中学か高校あたりですよね?
大学の作品も無いわけじゃないですが、今回「学園モノ」の定義には
中学・高校が作品世界のベースになっているモノ としましょう

子供の時の事を思い出して見ましょう

中学生ぐらいまでは、貴方にとって世界の全ては、ほぼ学校と家だけだったはずです
高校で、やっとバイトという社会経験が入る人もいるかも?
ですが、それも一部だけでしょう
つまり、作品中の人物たちは、学校と家庭という狭い世界だけを行動範囲としているわけです

そこだけに絞り込めるというのは非常に楽なのでしょう

小説なんぞを書いてると、常々考えるのですが
設定というものは、広げれば広げるほど良い というモノではありません
もちろん、広大で壮大な設定というモノも面白いですし
それを十分生かし切った作品も多いですが、そんな作品ばかりではありません
設定や世界観には、狭さも必要なのです
読者にとって、納得できるポイントや共通点、投影できる部分や感情移入する側面
それらが無ければ、設定は読者の心の表層を滑っていくだけだと思います

で、学園モノという設定は、狭さという面で絞り込め
さらには、ほとんど全ての人間にとって共感できる舞台です
そこを軸に展開する、というのは作り手にも読み手にとっても利点が多い というところでしょう

この辺り、国別でいろいろ差を考えると面白そうですよね
日本の高校モノと、イギリス系の寄宿舎モノはきっと似て非なるモノでしょうし
アメリカのハイスクールモノは、スクールカーストというものと切り離せないわけで
となると日本の学園モノの特質はなんでしょうねぇ?
そのあたり、掘り下げてみるとおもしろかも知れません。

と、なげっぱなしつつ、今日はこのへんで
また間が開くかも知れませんが、またこんどー
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  1. 2012/09/16(日) 08:36:34|
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